高価だけど一生モノのブーツ HESCHUNG

一年ぶりに押入れから靴を引っ張りだしてきた。

HESCHUNGというブランドのHETREというブーツである。
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ツウ好みのフランス靴

HESCHUNGと書いてエシュンと読む。

1934年にフランスで創業した歴史あるブランドだが、日本ではほとんど知名度がない。同じくフランス生まれのブランドであるJ.M.ウエストンやParabootsと比較すれば、無名に近いといってもいい。

そもそも取扱店が少ない。

HESCHUNGを日本で扱っているのは、ごく一部のデパートとショップのみ。都内ですら数店舗でしか購入できない。日本語版のサイトすらないので、ブランド側も日本で売ろうという気がないのかもしれない。

(実はAmazonでも取扱いがあるんだけどね)。

おまけに、J.M.ウエストンのような優雅さはHESCHUNGにはない。HESCHUNGの主力商品はワークブーツで、フランス靴=セクシーな木型というイメージからは程遠い、ぽてっとした丸っこいトゥが目につく。それにもかかわらず、値段はJ.M.ウエストン並で10万円近くもする。

雨の日の最高の相棒

しかし、このHESCHUNGには、それだけの値段に見合った魅力が当然ある。

なんといっても最大の特徴はノルウィージアン製法だろう。

ノルウィージアン製法(ノルヴェイジャン製法)といえば、いわずと知れた有名ブランド、Paraboots(パラブーツ)の代名詞だ。

その名のとおり北欧地方で成立した製法で、寒さと雨に強い。大雨が降っても靴のなかに水が入らない。水溜まりがあったって、気にせずガンガン歩いていける。

それはParabootsも同じなのだが、Parabootsの場合はもっとボッテリとした見た目で、いかにもワークブーツやマウンテンブーツといった印象がある。

一方で、このHETREはやや細み。ドレスシューズのようなかしこまった感じはないが、街中での使用ならこのくらいがちょうどいい気がする。

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デニムと合わせるとこんな感じ。

5~6年前に購入して以来、靴クリームとシュー・ツリーという基本的な手入れだけをして、わざと雑に扱ってきた。

そのおかげか、いい感じにアッパーにシワが入ってくれた。それでも傷や汚れはつかないし、ソールの減りもほとんどない。本国フランスに送れば修理もしてくれるらしい。

雨にも負けず風にも負けないブーツ。

一生付き合えるお気に入りです。

ちなみに、HETREとはフランス語でブナの木を意味する単語らしい。

 

中島岳志「親鸞と日本主義」を読む

著者の中島さんの顔は、テレビ朝日の報道ステーションで何度か見たことがある。

コメントの内容そのものはあんまり賛成できないことが多かったものの、柔らかな物腰は好印象だった。まあ、彼の思想やコメンテーターとしての評価は横に置いておく。著作物はなかなか好評らしく、『血盟団事件』などは書店や雑誌でもけっこうプッシュされていたように思う。

で、この『親鸞と日本主義』。

本の裏表紙には、非常に魅力的なキャッチコピーが踊る。

いわく、「なぜ"南無阿弥陀仏"は、ファシズムと接続したのか――」

これは絶対に読まなければと思って読んだのだが、はっきりいって、ちょっと期待外れだった。

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伊勢神宮の神主の葬儀 喪主はタクシードライバー

TBSラジオで放送されている『荻上チキsession22』。

12月12日のゲストは宗教学者の島田裕巳さん。

富岡八幡宮の元宮司が、実の姉である現在の宮司を日本刀で殺害したというニュースに関連し、島田さんに神社についてのアレコレを聞くという企画だった。

神宮という名称は皇室に関係するものに使われていること、神社の継承の問題、神社本庁と各神社の関係性など、おもしろくてためになるトークが聞けて満足。

なかでも一番おもしろかったのは、伊勢神宮に関する豆知識。

ちょっと書き起こしをしてみた。

島田:非常におもしろいのが、伊勢神宮の場合に。

荻上:はい。

島田:神主さんが亡くなったら、まあ神道式で葬儀ってのをやるんですけど。

荻上:はい。

島田:誰がやるかっていうと、なんか伊勢神宮の近くのタクシー運転手がするらしいんです。

荻上:……え、タクシー運転手が?

島田:適当なやり方で、なんかやるらしいんですけど。

荻上:はい。

島田:なんかそういうふうになってるんだっていうのを、伊勢神宮にもと勤めていた人から聞きまして。

荻上:なぜドライバーの方なんでしょう?

島田:わからないです(笑)

荻上:まあ、そうか、わからないといわれれば、仮説を考えることしか。

島田:だから自分たちじゃできないからです。

荻上ほぉー。

南部:うん。

荻上:誰か。

島田:誰かにやってもらうしかない。

荻上:なるほど、通りすがりの――。

島田:うん。

荻上:流しのイメージが、タクシー運転手にたまたまぴったりなのかもしれない。

島田:そうそうそうそう。

荻上:いろんなところから移動して。

島田:だから地元の人だとダメなんじゃないですか。地元の人だと、どっかでつながっちゃうんで。

荻上:ええ、ええ。

島田:親族が、とかってことに――。

南部:まったく関係ないところと――。

島田:たぶんそういう人なんですよね、きっとね。

荻上:流れ者っていうイメージが、流しになってタクシーみたいなことになるのかしら(笑)

島田:ぼくはその話聞いてびっくりしましたけど。

死というのは神道における最大のタブー=ケガレである。

伊勢神宮に関わる人が葬儀を行えば、その人も死でケガレる。ひいては、そのケガレが伊勢神宮にまで及んでしまう。それを防ぐために、まったく関係のないタクシー運転手を責任者にし適当に葬儀を執り行ってしまう。

これなら、ケガレは伊勢には及ばないという理屈なのだと思う。

まさに、現代に生きる民俗学だ。

この伝統が、果たしていつごろからあるものなのかというのも興味深い。タクシー運転手という職業ができたのは戦後にしても、それ以前から旅籠という似たような職業はあった。明治や江戸には、そういう人がやっていたのだろうか。

もっとも、この場合に重要なのは、人を運ぶ仕事に従事しているということではなく、ひとつの土地に定住せず移動するということだろうから、旅芸者だっていいのかもしれない。

誰かこれについて研究している人はいるのかな。

 

山口真由「リベラルという病」を読んだ

リベラルという病 (新潮新書)

こちらの本も、『ザ・ボイス そこまで言うか!』火曜日の宮崎哲弥さんの回にゲストとして登場した方のもの。

 

アメリカにおける、リベラリズム(自由主義)とコンサバティズム(保守主義)を取りあげている。その違いが、アメリカ人ひとりひとりの生き方に関わるものであること、リベラルかコンサバかの違いが判事の選択にまで関わること、リベラルとコンサバの家族観、そして日本におけるリベラリズムについて分析している。

リベラリズム=エリート主義

著者の山口真由さんは東大法学部卒。

財務官僚になった後、弁護士を経験してハーバード·ロースクールを卒業したという経歴の持ち主。文字どおりのエリートだ。

しかし、彼女の経歴とは裏腹に、この本はアメリカのエリートに対する痛烈な批判に満ちている。

「病」という刺激的な語が使われているのはタイトルだけだが、本文ではリベラリズムを「宗教」に例え、アメリカのエリートたちにとってリベラリズムという宗教が絶対的なものになっており、その教義に背いた言動をした場合どういう目に合うのか、ハーバード・ロースクールでの体験を元に記している。

日本にリベラリズムが根付かない理由

アメリカのリベラルとコンサバは、住む州も違うし読む新聞も違う。

昨年来のトランプ旋風によって、アメリカがこのようにリベラルとコンサバに分断された国家であることは、多くの日本人知ることとなった。

その意味では、”アメリカはリベラルとコンサバに別れているんですよ”という主張には目新しさはない。この本の売りは、そうしたコンサバとリベラルの分断が実際の法廷の場においてどう争われているのかという具体例が豊富なところ。

さすがロースクール出身という感じ。

こうした事例紹介がほとんどのなか、後半になって唐突に著者の主張が前面になる。

どうやら、山口さんは日本のリベラリズムにも批判的らしい。特に、民進党には舌鋒鋭く批判している。

というか、山口さんは日本にはリベラリズムが根付いていないと考えているようだ。

リベラリズムとコンサバティズムの間にある人間観の違いについて、山口さんは見事に要約している。

リベラルは、人間の理性がすべての困難を乗り越えると信じている。社会問題には、イデオロギーが最も表れやすい。生命倫理も、同性婚もリベラルは人間の選択を絶対的に信頼する。自分の人生を選び取る力が人間にはあ――それがリベラルの基本的な視座だ。

(中略)

対するコンサバには、自分への懐疑が常にあった。人知を越える大きな力の前では、人間の理性など空しいというのが、彼らの考えだろう。そのときどきで正しいと信じられることは、決して永遠ではない。だから、人は自然の前で謙虚でなければならない。(196ページ)

こう整理した上で、山口さんは、まさにこの人間観こそが日本にリベラリズムが根付かない要因なのだと指摘する。

私達日本人の底には、人知を越えるものへの畏怖が根付いているのではないか。明確な信仰や言葉の形は取らないものの、長い歴史の中で、自然への謙譲が育まれていったと考えても誤りではないだろう。(198ページ)

「人知を越えるものへの畏怖」があるゆえに、日本人には、人間の理性を絶対的なものとして捉えるリベラリズムが肌に合わないのだという指摘だ。

なるほどと思う文章だ。

日本人は反エリート主義か?

だが、ここで疑問が浮かぶ。

リベラリズムが根付いていないとすると、日本人はコンサバなのだろうか。素朴な実感では、そうだといえるだろう。戦後の日本において、保守政党がほとんどの政権を担ったという事実を考慮しても、日本人はコンサバティブであるというべきだ。

しかし、アメリカと日本では、同じコンサバでも様子が違う。

アメリカという国は、その建国の歴史からして、骨の髄までエリート嫌悪が染みついている。政府をつかさどるエリートは、最終的に自分を守ってくれないかもしれない。信頼できない人達に自分の安全をゆだねるよりも、自分で自分を守る力としての銃を要求するのは、そのためだ。(197ページ)

これは、アメリカのコンサバティストたちが銃規制に反対する理由を簡単に説明した一節だ。いったい、日本のコンサバティストたちは(ここではあえて保守主義者はというべきか)、ここまでの政府への懐疑を抱いているだろうか。

むしろ事態は逆だろう。

"親方、日の丸"という言葉に代表されるように、日本人は政府を信用している。あるいは、"お上のいうことには逆らえない"と嘆く時代劇の農民よろしく、政府への抵抗を初めから諦めている。かくいう私も、"政府が守ってくれないかもしれないから、武器を用意しよう"なんてことは考えたこともない。むしろ、非常時には政府がなんとかしてくれると油断しきっている。

はたして、日本とアメリカのコンサバティストの間にある精神性の違いは、どこに起因するのか。

残念ながら、著者はこの点を深く考察してはいないのだが、私は、この違いは天皇の存在にあると思う。

親天皇主義・日本

日本人にとっての「人知を越えるもの」とはすなわち天皇ではないか。

アメリカ人にエリート嫌悪が染みついているとすれば、日本人には天皇への愛着が染みついている。だからこそ、日本のコンサバは本質的な意味で、アメリカのコンサバのように反権力にならないのだ。

なぜなら、それがお飾りであったとしても、日本の権力の中心あるいは最高位には天皇がいたし、いまもいるのだから。

摂関政治にせよ幕府にせよ、彼らの権威とはすなわち天皇の権威であり、あくまで天皇の代理人として政権を担ったにすぎない。

したがって、日本のコンサバは、アメリカのコンサバのように独立心を持った反エリートや反権力ではないのだ。

いや、コンサバだけではない。

昨今では、"私こそが真の保守であり、安倍政権は保守ではない"と語る野党政治家も多い。

それどころか、共産党のような明確な左翼政党までが、明文化された法律ではなく、"陛下のお気持ち"を推し量って生前退位に賛成したり、"陛下のお言葉"を引き合いに出して政権を批判したりする。

だから、日本にリベラリズムが根付かないのは当然だろう。

我々は理性よりも天皇を信じる民でり、天皇とは神道をつかさどる、文字通りの宗教王なのだから。 

天皇という宗教を奉じる日本において、いまさらリベラリズムという異教に用はないということだ。

 

と、こうした感じで、議論を深めれば日本文化論にまでなりそうな本だった。

篠田英朗「ほんとうの憲法―戦後日本憲法学批判」を読んだ

ほんとうの憲法: 戦後日本憲法学批判 (ちくま新書 1267)

 

ニッポン放送の『ザ・ボイス そこまでいうか!』というラジオ番組を毎日聞いているのだが、火曜日の宮崎哲弥さんがコメンテーターを担当する回に篠田さんがゲストとして登場していて、その時の議論に興味を引かれたので読んでみた。

なかなかおもしろい本です。
篠田さんの主張を簡単に要約すればこういうことになる。

日本国憲法は、「ならず者国家」として国際秩序を乱した日本を国際社会に融和させるために、アメリカ人がイギリスやアメリカといったアングロ・サクソン的な法思想の憲法を参考にして起草した、国際協調主義を目的とした憲法である。
したがって、日本国憲法を解釈するさいは、国際協調という目的にかなうように解釈しなければならないし、その時の参照先はアメリカやイギリスの法哲学や法思想であるべきだ。
ところが、いま通説となっている解釈はドイツ国法学とフランス革命思想の研究という大陸系の思想を元にしたものであり、そのせいで、憲法学者は歪んだ解釈や不必要な議論をしている。

これが篠田さんの考えである。
なかなか説得力のある展開で、読んでなるほどと思った。


本書の議論の中心になる時代は、美濃部達吉の天皇機関説事件が起こった昭和の始めから戦後の学生運動あたりまでだが、実は明治維新から問題の種は蒔かれていたことを示唆するなど歴史的な視野も広く持っている。

アメリカ人がアメリカの憲法を参考に起草した条文を、ドイツ国法学の概念によって解釈している原因。
そのせいで生じている、主権概念や国家概念の誤った解釈。
アングロ・サクソン的な法思想に基づき、国際協調という目的に沿って解釈した「ほんとうの」日本国憲法の姿。

こういった具体的な問いについても本書は答えを用意している。
ひとつだけいっておけば、自衛権=国家の自然権という考えはドイツ国法学のものであり、アングロ・サクソン的な国家概念ではないので、「ほんとうの憲法」では、"個別的自衛権は自然権として認められるが、集団的自衛権は自然権に含まれるのかどうか"というお馴染み議論そのものが成り立たない。
万事こういった調子で、目から鱗の落ちるような思いの連続だった。

 

全体的にふむふむとおもしろく読んだのだけれど、あえて欠点をあげると、話のテーマになっている時代があっちにいったりこっちにいったりするのでわかりづらいこと。これは時系列に沿って話を進めるのではなく、テーマ別に章立てしたせいだろうと思う。

素直に、ペリーの黒船来航から時系列順に書いた方がはるかにのみ込みやすくなったろう。

 


著者の最終的な結論に賛成するかどうかはともかく、一読して損はないはず。
なにせ、私たちは生まれてこの方、東大法学部系の憲法解釈しか学んでいないわけで、本書はそれを相対化してくれるまたとない機会なのだから。

STUTTERHEIM ストゥッテルハイム着用レビュー

スウェーデンのレインウェア・ブランド STUTTERHEIM。

ラバーコーディングによる防水性の高さはもちろん、フィッシャーマンズコートを現代的にデザインはいわゆる雨ガッパのイメージとは異なる洗練されたもので、数年前から話題になっています。

かくいう私もブームに乗った口で、購入してからそろそろ二年が立つ。しかし、検索してみると思ったよりレビューがありません。

ちょっと気が早いですが、梅雨入りの前にこちらの商品のレビューを書きます。

STOCKHOLM WHITE

私が買ったのは、定番のSTOCKHOLM ストックホルム。

色はWhite。

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ごらんのとおり、メタルのボタンを除いて全部が白一色。フードのドローコードも白で統一するデザインの凝りようで、着ているととにかく目立ちます。サイズはXSを選び、身長167cmの私でお尻がすっぽり隠れ、手の甲がちょっと隠れる程度の大きさ。公式HPのモデルの着こなしを見るかぎり、これが適正サイズです。サイズ展開はXXXSからXXLまで。ユニセックスで、男女ともに違和感なく着れるデザインです。

やっぱり汚れやすい

白を選んだ宿命として覚悟はしていたものの、やっぱり汚れやすい。特に、こういった布と布とつなぎ目は汚れが目立ちます。ただ、軽い汚れなら濡れ布巾でさっとこすれば落ちるので神経質になる必要はないし、意外と遠目からは汚れが目立って見えない。

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通気性ゼロで暑くなる!

厄介なのはその通気性の悪さ。

両脇の下にはベンチレーションがあるものの、全面がポリウレタンでコーティングされている仕様のため、両脇の4つの穴しか風の通り道がないわけで、ボタンを閉めて歩いているとすぐ暑くなる。よく「マウンテンパーカー感覚で着れます」とか「晴れている日もオシャレに着れます」と宣伝しているショップがあるけど、それは無理。こんなの着てたら汗かいちゃいますよ。(ベンチレーションの形の汚れが付着して落ちません……)

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梅雨には着れないが冬は暖かい

日本で一番雨が降る時期は梅雨。

しかし、前述の通気性の悪さのせいで、とてもじゃないけど梅雨の時期に着ることは不可能です。ボタン開けっ放しで着ても、腕や背中がどんどんムレて汗だくになります。もし梅雨に備えてオシャレなレインコートを探しているという方は考え直すべきです。反対に、秋や冬の冷たい雨に備えてならいい選択肢でしょう。内側にはコットンが貼ってあるおかげで、レインコートを着たときのあの「ひやっ」とした冷たい感じはありません。ニットの上に軽く羽織っただけでも結構暖かいです。デザインがミニマルで適度にモードっぽい感じなので、革靴やデニムに合わせるとかっこよくなります(たぶん)。秋冬は、このSTOCKHOLMにRAVLUNDAというレインブーツを履いていました。

こちらも同じくSTUTTERHEIMの商品で、スウェーデン軍のミリタリーブーツにインスパイアされたというもの。ヨーロッパでも最古のスニーカー工場を持つスロバキアのNOVESTAが製造していたラバーブーツです。

日本ではあまり必要ないかも……

ということで、約2年使ってみての感想ですが、ぶっちゃけ日本(東京)ではあまり必要ないかもしれない。北極圏のスウェーデンならいざ知らず、高温多湿の気候で、もはや夏は熱帯のような蒸し暑さの日本では活躍の機会が少なすぎる。なにより、一番使いたい時期である梅雨に使い物にならないというのは残念。雨でびしょびしょになるか、これを着て汗でびしょびしょになるかの違いです。価格も3万5千円と高価なので、お金に余裕がありまくりでかつ人と違ったものが欲しいなぁと思う人向けの商品だと思います。

なお、STUTTERHEIMは日本の各種セレクトショップはもちろん、公式サイトのオンラインショップから購入することも可能です。

【イタリア製】 Pino giardiniの革靴 【情報求ム!】

革靴を買いました。

これです。
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ネットの中古靴専門店で、送料・消費税込みで9000円。ダークブラウンのYチップです。
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インソールにはPino giardiniのタグとartisan work made in Italyの文字。
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アウトソールはビブラムソールでした(笑顔みたいでかわいい)。しかし、誰がどう見てもこれはダイナイトソールである。
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内側のサイズ表記は6 1/2(日本サイズだと24.5~25.0くらい)で、履いてみたところちょっと大きいくらい。これくらいなら中敷きで調整できる。爪先やアッパーに染みのような黒い点がありますが、もともとの色のおかげでそんなに目立ちません。

なにより、このブラウンの色合いがめちゃくちゃきれい。チノパンや起毛したジャケットに合わせるべきかもしれないけれど、ネイビーのスーツにも違和感なく合いそうな感じです。もちろん、デニムに合わせてもかっこよさそう。

 

ただですね。

このPino giardiniなるブランドの素性がさっぱりわからない。いくら検索してもHPにたどり着かないどころか、この靴を買ったというレビュー・ブログやまとめサイトすら出てきません。

唯一の手がかりが、海外のAsk Andyという洋服や靴についての掲示板のTop 10 Italian shoe makersというスレッド。ある人が次のようにランキングしてました。

Branchini
Artioli
Lattanzi
Alexander Nicolette
Speroni
Gravati
Walles
Pino Giardini
Tanino Crisci
Martegani, of course

靴に詳しいわけじゃないのでふーんて感じだし、どれくらい信用できるかもわかりまへん。

とりあえず履き心地はいいし、ビブラムソールのおかげで雨でも気にせず履けるので、ブランドがどこだろうといいんですが、2017年のネットでまったく情報が見つからないというのもすごく気になるのも事実でして……。

靴好きの方からの情報をお待ちしています。

 

念のため、英語でも。

I got a pair of Pino giardini shoes made in Italy. But I haven't heard of that brand. Tell me the details.

Thanks in advance.