伊勢神宮の神主の葬儀 喪主はタクシードライバー

TBSラジオで放送されている『荻上チキsession22』。

12月12日のゲストは宗教学者の島田裕巳さん。

富岡八幡宮の元宮司が、実の姉である現在の宮司を日本刀で殺害したというニュースに関連し、島田さんに神社についてのアレコレを聞くという企画だった。

神宮という名称は皇室に関係するものに使われていること、神社の継承の問題、神社本庁と各神社の関係性など、おもしろくてためになるトークが聞けて満足。

なかでも一番おもしろかったのは、伊勢神宮に関する豆知識。

ちょっと書き起こしをしてみた。

島田:非常におもしろいのが、伊勢神宮の場合に。

荻上:はい。

島田:神主さんが亡くなったら、まあ神道式で葬儀ってのをやるんですけど。

荻上:はい。

島田:誰がやるかっていうと、なんか伊勢神宮の近くのタクシー運転手がするらしいんです。

荻上:……え、タクシー運転手が?

島田:適当なやり方で、なんかやるらしいんですけど。

荻上:はい。

島田:なんかそういうふうになってるんだっていうのを、伊勢神宮にもと勤めていた人から聞きまして。

荻上:なぜドライバーの方なんでしょう?

島田:わからないです(笑)

荻上:まあ、そうか、わからないといわれれば、仮説を考えることしか。

島田:だから自分たちじゃできないからです。

荻上ほぉー。

南部:うん。

荻上:誰か。

島田:誰かにやってもらうしかない。

荻上:なるほど、通りすがりの――。

島田:うん。

荻上:流しのイメージが、タクシー運転手にたまたまぴったりなのかもしれない。

島田:そうそうそうそう。

荻上:いろんなところから移動して。

島田:だから地元の人だとダメなんじゃないですか。地元の人だと、どっかでつながっちゃうんで。

荻上:ええ、ええ。

島田:親族が、とかってことに――。

南部:まったく関係ないところと――。

島田:たぶんそういう人なんですよね、きっとね。

荻上:流れ者っていうイメージが、流しになってタクシーみたいなことになるのかしら(笑)

島田:ぼくはその話聞いてびっくりしましたけど。

死というのは神道における最大のタブー=ケガレである。

伊勢神宮に関わる人が葬儀を行えば、その人も死でケガレる。ひいては、そのケガレが伊勢神宮にまで及んでしまう。それを防ぐために、まったく関係のないタクシー運転手を責任者にし適当に葬儀を執り行ってしまう。

これなら、ケガレは伊勢には及ばないという理屈なのだと思う。

まさに、現代に生きる民俗学だ。

この伝統が、果たしていつごろからあるものなのかというのも興味深い。タクシー運転手という職業ができたのは戦後にしても、それ以前から旅籠という似たような職業はあった。明治や江戸には、そういう人がやっていたのだろうか。

もっとも、この場合に重要なのは、人を運ぶ仕事に従事しているということではなく、ひとつの土地に定住せず移動するということだろうから、旅芸者だっていいのかもしれない。

誰かこれについて研究している人はいるのかな。